歌正ラジオ出演!

第5月曜朝10:15~

かわさきFM 79.1MHz

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VOL.4 2012310日(土)13:00-15:00 

武蔵新城あいもーる商店街内 ダンウェイ()社屋

 

ぼくは字が読めない

お話しと読み聞かせ、

そしてフリーディスカッション

講師:南雲 明彦さん 

   共育(きょういく)コーディネーター

南雲明彦(なぐもあきひこ)

明蓬館高等学校に共育(きょういく)コーディネーターとして所属。学校と生徒との架け橋になる傍ら、年間約100回の講演等の啓発活動に尽力中。現在は「発達障害」に活動を限定せず、「人権」をキーワードに株式会社システムブレーンとタッグを組み、「一般の人達への啓発」という観点から、「発達障害」に全く触れたことのない人達への講演や取材を積極的に受けている。

主な関連著書に、「僕は、字が読めない。~読字障害(ディスレクシア)と戦いつづけた南雲明彦の24年」(著者:小菅宏 発行:集英社インターナショナル)、「断ちきれない絆~読字障害(ディスレクシア)・南雲明彦発言集」(著者:小菅宏 発行:宝島社)、「泣いて、笑って、母でよかった~識字障害(ディスレクシア)・南雲明彦と母・信子の9200日」(著者:小菅宏 発行:WAVE出版)など

南雲明彦さんのお話し

 

僕は現在27歳なんですが、読み書きの障害、ディスレクシアだとわかったのは、6年前21歳の時です。それまで小学校1,2年の時はものすごくゆっくりすれば、なんとかなったんですが、学校って実際読み書きばかりの場所なんですね。それが出来ないと適応がなかなか難しい。小3,4年の頃にはテスト時間内に終わらないようになってきて。でもそういう子どもって学校運営においては問題ないんですね。だから放っとかれて支援もない。

2には不登校になり、引きこもりになり、精神的に2次障害を起こして荒れた生活になったんです。高校も4つくらい変わってようやく卒業しましたし。火のついたタバコを身体に押し付けたり、いわゆる自傷行為ですね。自殺未遂も二回しています。

20歳過ぎて働こうと思っても、マニュアルが読めない。そうすると上司や周囲の人から、ちゃんとやれば出来るのに、ふざけているのではないかと誤解されてしまうんです。

学習障がい、算数障がいなども含めて日本には5%ぐらいこの障がいを持つ子がいるであろうと言われています。何社かでディスレクシアの本も出ているし、そういう人向けに印刷物の字を大きくしたり、そういったものも出てきています。

でも以前は知ってくれる人がいなかったので、僕の場合、許してくれるところが少なかった。僕自身も本を出しているし、母の視点での本もあります。その本を読んで僕自身、お母さんがこういう風に僕を育ててくれたのか初めて知った部分もあるんですが。

僕の場合、括弧の区別がつきにくくて、視力検査がうまくいかなかった。脳の機能障がいだから眼科に行っても治らないんですが、最初は目が悪いと思われて、度のあつい眼鏡をかけていたんです。でもそんな眼鏡をかけたら頭が痛くなってしまう。自分が傷つかないためにはどうすればいいか?暗記すればいいと。ある程度暗記していればなんとななると。俳優のトムクルーズもディスレクシアでマネージャーに台本を読んでもらって暗記したそうですが。

 

ここに、ディスレクシアについて分かりやすく描かれた絵本がありますので、今からそれを朗読してもらおうと思います。

「ありがとう、フォルカー先生」

作・絵:パトリシア・ポラッコ 

 訳:香咲弥須子  朗読:東野醒子

 

BGM:モーツァルトの子守唄

落ち葉のコンチェルト

 

あらすじ:主人公の女の子はおじいさんに家に伝わる本を読む儀式をしてもらうが、一向に本が、字が上手く読めない。学校でも回りに馬鹿にされ、転校した先でもいじめっ子の男の子らに、字が読めないことでいじめられてしまう。そんな女の子をフォルカー先生は励まし、いじめっ子を一喝する。そして女の子の絵の才能を誉めてくれる。先生は女の子に授業とは別に読み書きを特別なレッスンで、根気よく教えてくれる。その結果女の子は読み書きができるようになり、絵の才能を生かして、絵本作家となり、この絵本を書いた、というもの。先生に出会った事を感謝しているというくだりで絵本は終わる。

南雲さんと語り合う

フリーディスカッション

 

この日の会場には、お子さんがディスレクシアらしいという女性が参加されていました。

母として、南雲さんに聞きたい話がたくさんあったようです。お母さん方の質問も交えて、後半は、参加者全員でディスカッションとなりました。

 

「今後、息子はどのように学んでいったらいいのでしょう?」

 

南雲:字が小さいとずれも大きくなって字が重なる、読みづらくなるので、字の大きさを工夫するのがいいと思います。明朝よりはゴシック、携帯の画面の方が読みやすい、縦書きが読みにくい、などいろいろあるんですが、障害なので本のように劇的な変化はないと思いますが、改善はできます。

改善する努力はもちろん大切なんですが、個人的に思うのは、子どもに無理をさせない、自分のペースでいいような環境をつくってあげることだと思います。

障がいを周りに理解してもらう事も、改善する事も大事なんだけど、一番大切なことは人柄、人間性を伸ばすことだと思います。僕も書くのが苦手でハサミとかも苦手だったんですが、周

りにおせっかいな子がいて、助けてくれる。愛

される人というかついついやってあげたくなる人になること、人間性ですね。同じ障がいがあっても人間性がよければ根本が歪んでいない気がするんです。ひとりでやれるとか意地を張ったりすると孤立していく状況になるのは避けたい。笑顔というのは最大の武器で、防衛、守られる、怒られないということにつながる。    読み書きはどこにいっても付いてくるので、ある程度のレベルまではもってこないとならないが、それを親がすると全部引き受けてしまうことになるので、回りにいかにサポーターをふやせるのかがカギですね。いろいろなタイプのディスレクシアがいるので、その障がい特性にあてはめることができれば、それは学校だけではなくて、塾などでもいい。

 

「ディスレクシアに特化したグループなどはありますか?」

 

南雲:神奈川などに協会があって、詳しい人はいると思いますが、団体、というよりは専門の大学、医師の先生につながればと思います。

 

ここで発達障がいの人が見えている文字の歪みをホワイトボードに張り出し、参加者に読んでもらう。

南雲:こういう障がいがあると理解したいという気持ちと、知る人が増える事が大きい。

親としても、まず障がい、を見るのではなく、その子全体、人間として見てあげる事が大事。障がいだけ見てしまうと本人がつらいですから。うちの場合ももし早く親が専門書などで勉強して、サポートするという体制をとられたら、それはそれでキツかったと思うんです。他をみていても親じゃなくて支援者になりきっている場合が多い。さっきの本のように自分のおばあちゃんもただお前は大丈夫だから、と肯定してくれる、そういう人だったので助かったと思います。学び方が違うからこそ尊重して。読み書きができないから違う事が発達していく。観察力はかなり養われた。今の仕事でも話の持っていき方がそのせいで上手くなったと思います。(学ぶ上で)本人のモチベーションを上げていく事も大切だが、本人のやり方(生き方)も尊重して欲しいと思います。僕の5,6年の時の担任がいい先生で、教科書読むのが苦手な人もいるだろうと。それが出来ても運動できない子もいる。いろいろな子がいるということをクラスメイトに一喝してくれたんです。

 

「見た目が普通だと周りから(障がいが)わかってもらえないから、家族がとても苦しむんじゃないかと。いじめ、虐待防止のことからも学校全体で特別な支援をすべきですね」

 

南雲:声に出して行くことで伝えてくれる人がいるから、気付く事がある。

 

「読字障がいの有名人が出て、何となくそういう障害があることはわかっても、どのような障害かはわからなかった。文字の見え方自体が違う事がわかったし」

 

「うちの子は数字の概念がないんですね。半年教えても5までしか判らない。小学校に入ったらどう説明したらいいのか、この資料で、障がいを伝えやすいならと思いました」

 

「うちの場合は保育園の担任の男の先生が気付いてくれたんです。実は4年前にも気になる子がいたそうなんですが、その子は4人兄弟の三番目でおだやかで問題のない子だったのに、気付いたら勉強がわからなくなって不登校になってしまったそうなんです。だから今度はちゃんと告げようと思ったんだそうです]

 

ボーダーな気がする程度では日々の中で追い詰めて行く事があるような感じがします。かえって自分の子には(障がいの)名前がついてよかったかなと」

 

南雲:先生も大切ですが、自分の気づく力も育てる必要があると思います。全部情報を入れるのではなく、あくまで大人が見守れる程度に。全てを用意してしまわず、免疫力も高めていかなきゃならない。

 

「うちの子は自閉症で、交流級でたまに普通級に入るのですが、最初は棚に入ったりしていたのが、座れるようになったり、進歩がある。隊列の入れ替えが難しいのですが、運動会のダンスは周りの子達の力で出来たんです」

 

「南雲さんには自主活動の時なんかに出前授業をやって欲しい。小学校高学年が一番理解できるチャンスだと思う」

 

南雲さん:子どもたちにしたい話は障がいそのものについて、と障がい者のイメージを問いかけたいですね。障がい者ってなんだろう。良いのか悪いのかわからないけれど、過剰に障がいを意識しすぎて、本人そのものを見てくれない。でも障がいの事を言わなくては困るとも思うし。いろいろ葛藤がありますよね。

 

「右利きと左利きだって、まあ左利きのハサミなんかあるけれど、大方右利き用。でもそれは文明が作り出してきた概念かもしれない」

 

南雲:今日のような話し合いの場をもっといろいろ持った方がいいと思いますね。これって結論の出ないものだし、正解はない。でも違う立場の人に違いを話すべき。そうすれば時間があればお互いに気付き合う。そこから思いやりにつながる。人の好き嫌いはあるだろうけれど、今日、明日から気付きがあれば。