歌正ラジオ出演!

第5月曜朝10:15~

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お話しと体験ウォーク

講師:東野 醒子さん 

女優・メンタル心理カウンセラー

東野醒子(とうやさめこ)

蜷川幸雄演出舞台「にごり江」でのヒロイン、たけくらべの美登利役をオーディションで射止め舞台デビュー。1985年、在籍していた劇団若草の俳優たちと劇団「激弾BKYU」を旗揚げ。

劇団創立当初は、東京を拠点に作品を発表する傍ら、日本全国の小学校・中学校へ演劇を巡演も行う。以後、現在に至るまで『激弾BKYU』の看板女優として活躍する傍ら、外部プロデュース公演、日韓合同製作公演等、数多くの出演経験を持つ舞台女優として、高い評価を得ている。

現在、網膜色素変性症(進行性視野狭窄と夜盲)という難病の視覚障害を持つが、障害が進行する中、芸術の役割を再認識。自身の経験を踏まえ、様々な表現スタイルで教育や福祉のNPO活動にも積極的に取り組んでおり、川崎を拠点にクリエイティブなコミュニケーションの場をつくるコスモスペースの副代表として、メンタルクリエイトのワークショップや、独自の演出で舞台を語るドラマ・リーディングなど活動は多岐に渡る。H22年度には、県立高津養護学校分教室の高校生に約1年を通し演劇の指導を行った。

東野醒子さんのお話

 こんにちは。

私の障がいは他の人から見ると一瞬はわからないものです。まぶしい光にも弱いので、こういった(色つきの眼鏡を取り出す)眼鏡と杖をつければわかりやすいのですが。

私の障がいがわかったのは30代の時です。

20代の時もちょっと変だとは思っていたんです。怪我をして改めて検査をして、網膜色素変性症(進行性視野狭窄と夜盲)ということがわかりました。私の場合は、視界の中心しだけか見えないという症状です。

難病だと言われた当初は、10年後は失明するとも言われたので、ショックもあったのですが5年程はあいまいに過ごしていたんですね。杖を持つことには抵抗があったし、自分が障がい者になるという感覚に距離があった。

私は演劇をずっとやってきて、現在も舞台活動を続けています。舞台はリハーサルを繰り返すので、訓練して何がどこにあるか、記憶してこなしています。それでもどうしてもできないことがあるので、そういう場合は周囲のスタッフや出演者とのコミュニケーションで、何とかしています。たとえば何か投げられたものを受け取るシーンでは、最初に一瞬投げる人に目を合わせてもらって、それから3秒後に投げて、と言って間合いを計ったりしています。

演劇を通しては、重度の障がい者施設へ行ったこともあったし、自閉傾向のある女の子の役もやった。それでも白い杖を持って障がい者だと表明する事が嫌だったんですね。

ライフワークとする作品で演じている少女モモ
ライフワークとする作品で演じている少女モモ

でも自分をごまかしていても仕方がないと、私には視覚障がいの役が与えられたと思うようになりました。それからは、白い杖は武器と呼び始めて(笑)自分を守ってくれるものだと。それと同時に、目が見えないと周りに合図をすることが事故防止につながるんだと判りました。子どもなど小さい子が視野に入らず、見えないのでぶつかってしまったり、蹴飛ばしてしまって、加害者になってしまうかもしれない。それで杖の講習を受けました。白い杖って全盲の人しか持たないという先入観があるんですが、弱盲の人も持っているんですね。そういうことも含め、周囲に知ってもらうためにも、私が杖を持たなくてどうする!と改めて思いました。

(杖を見せながら)今はこんな風にパッと出るかっこいい杖があるんです。身長によって長さも変えられています。

私の場合、人と目が合ってしまうので、周りが見えていない事が相手にわからないんですね。説明しないと無視していると誤解されてしまう事もある。飲み会の時にお酌されても気付かなかったり、無作法してしまったりも多いので、そのつど説明が必要です。照明を落としたムードのある居酒屋なんて一番周りが見えないので(笑)すくんでしまうんです。

視覚障がい者にどうやって手を貸したらいいか判らない、手の出し方がわからないという人も多いと思います。たとえば後ろから支えてくれる人がいるんですが、実はすごく怖い。

横から腕を貸してくれるだけでいい。そして先に何かあると伝えてくれるだけでいいんです。あとは同じ速度で歩いてもらえれば。腕からの情報で感知できます。

イスに座るときは本人がそれに触ればその距離感とかがわかるので座れますし。場所も何時の方向へと言ってもらえばわかる。「それ」「これ」という表現では何もわかりません。

 

視覚障がい者とは逆に、聴覚障がい者は何かあってもアナウンスは聞こえないですが、電光掲示板で目から情報を得られる。周囲にそういうことを判っていて欲しいんですね。

見えていた頃はもう少しいろいろな事が処理できたのに、だんだんいろいろなことが遅くなっている。料理をするにしてもなんにしても情報を得るのに時間がかかるんです。

世の中、忙しい中で、皆せわしいのだと思いますが、ゆっくりせざるえないんだなと理解してもらえるだけで楽になる。ゆっくりしか出来ない事を判って欲しいんです。

うちは主人が大股で歩くんで、速度も速いのですが、信用しきっているので、すんなりその速度についていけるようになっているんですね。信用する、信頼して委ねられる。スピード感があっても安心できるんです。まあ夫婦だとだんだんいろいろ遠慮もなくなった言い方なんかしてくるわけですが(笑)

初めての人だとどうしても距離感がないのは仕方ないので、歩調を合わせつつ、腕を貸すのも一定の感じで。ガイドの人が半歩前に出て、動作の声かけをしてあげる。少し前に情報を得られると助かるんです。階段の前で一度止めて、先に誘導者が階段を下りれば、その段差の感じが判るんです。動作の前に一度停まって指示をするとわかりやすい。

情報を声で出す事も大事です。国立博物館などは集音スピーカーなのでどこで何の説明をしているか、位置がわかりやすい。一人で町を歩いている時、看板の情報が見えないので不安なんですね。集音スピーカーが町中にあればいいなと思うんですが。

そう思うと昔の商店街は呼び込みや声かけがあったんですね。狭い道や市場など周りに人がいるから、人との温かみイコール安心につながる。一見狭くて危ないのかと思うけれど、ホッとした感じを抱ける。

今回の震災時、お互いが大変で一時期障がい者への配慮どころではなくなった、という話も漏れ聞きました。でも電気や機械がダメになった時は、人頼みなんですね。ですから、そんな時に障がい者の事をどれだけ想像できるかがポイントになってくる。想像力です。

情報障がいを自分で体験すると、その想像力が養えます。その体験も実は、簡単なことで体験できるんですよ。今日は、視覚障がいの体験をしてみていただこうと思います。

こちらで用意したアイマスクをしていただいて、武蔵新城の商店街を歩いてみましょう。